ブレーンワールドシナリオLHCでのブラックホール生成は、ADD模型という、余剰次元に埋め込まれた
ブレーンワールドの模型から予言される話である。
余剰次元(4番目、5番目の空間次元)は、サイズが大きいと問題なのだが、
例えば余剰次元が2次元あると仮定した場合、それが1mmより小さいと、
現状で行えるあらゆる重力の観測実験と矛盾しない。
電磁気力やその他の相互作用が絡むような実験とは矛盾するのだが、
もし我々が、高次元空間の中にある3次元の「ブレーン」の上に住んでいて、
重力以外の力はこのブレーンの上でしか働かないと仮定すると(※)、
重力は余剰次元の影響を受けるけれども、他の力は影響を受けないため、
矛盾を回避することができる、というのが大体のモデルの概要となっている。
余剰次元と重力相互作用まずは余剰次元があると重力がどのように影響を受けるのかを考えてみる。
重力相互作用の強さは、空間次元の数をd、重力源からの距離をrとして、
重力源を囲む半径rの球の表面積に反比例、つまりrの(d-1)乗分の1に比例
(2次元だと球の表面積=円周∝r、3次元だと球の表面積∝rの2乗、etc.
これをガウスの法則という)する。
なので、1mmくらいのサイズの余剰次元が2次元あったとすると、
重力源からの距離が1mmより大きい場合は、余剰次元は小さすぎて
重力には影響を与えないため、重力の強さはrの2乗分の1、
それより小さいと、余剰次元の効果で、rの4乗分の1に比例することになる。
rが小さいと、rの4乗分の1はrの2乗分の1より大きくなるので、
余剰次元があると、重力源付近では重力相互作用が非常に強くなる。
高エネルギー粒子とブラックホール形成特殊相対論によると、高エネルギーの粒子は非常に大きな質量を持つ
(有名な、E=mc^2という式である)ので、LHCで生成されるような、
非常に大きなエネルギーを持った粒子は、同時に非常に強い重力源となる。
重力が強くなって、どんな物質もその重力から逃れられない領域のことを
ブラックホールと呼ぶわけだが、余剰次元が存在しなかったとすると、
LHC程度のエネルギーではブラックホールは非常に小さく、
量子論の効果で上記のような議論ができなくなる領域に隠されてしまう。
…が、1mmくらいの余剰次元が2つくらいあると、rの4乗分の1の効果で、
ブラックホールのサイズが量子論が効いてくるスケールより大きくなるので、
ブラックホールが実際に観測できるようになる。これが劇中で登場する
「ミニブラックホール」である。
ミニブラックホールが出来たとしても、理論的には「ホーキング輻射」と
呼ばれる現象によってすぐに蒸発してしまうことが予言されているし、
また観測的にも、LHCで生成できる程度の高エネルギー粒子は、
高エネルギーの宇宙線と大気中の粒子が衝突することで既に作られていて、
それが人類を脅かすようなことにはなってないので、安全だと思うのだが、
これが実験で生成できるとなると、余剰次元が存在する証拠となり、面白い!
LHCはもう稼動していて、データも集まってきているので、
近い将来、もしかすると「ブラックホールの生成に成功!」なる記事が、
新聞やネットを賑わすことになるのかもしれない。
(※)超弦理論では一般に、重力相互作用は余剰次元の中も飛びまわれる
「閉じた弦」によって媒介されている。一方で、その他の相互作用は
「D-ブレーン」と呼ばれるブレーンに端点を持つ弦によって媒介されていて、
ブレーン上から逃れられないので、このような模型は比較的自然である。
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